
Yumelia株式会社を設立した時点で、旅行事業の顧客は一人もいませんでした。
受注が決まっている案件も、将来の売上見込みもありません。旅行会社で働いた経験もなければ、旅行業界の人脈が豊富だったわけでもありませんでした。
普通に考えれば、起業するには不確定要素が多すぎる状況です。
それでも、私は旅行会社を始めました。
今回は、顧客ゼロから事業を始めた理由、最初のお客様、経営者になって知った難しさ、そしてYumeliaで変えたい旅行業界の構造について書きます。

顧客ゼロでも、無計画ではなかった
私は、旅行事業の売上だけに会社の存続を委ねるつもりはありませんでした。
Yumeliaでは、旅行に加えてコンサルティング事業も行っています。 創業初期はコンサルティングによる収益を確保しながら、旅行事業を育てる方針を取りました。
旅行事業が軌道に乗るまでの時間を、自分で買ったとも言えます。 顧客がいないことと、無計画であることは違います。
最初から十分な売上がある事業を始められる人は、ほとんどいません。重要なのは、売上が立つまで挑戦を続けられる構造をつくれるかどうかです。
資本金を会社に入れることにも、特に怖さはありませんでした。 会社をつくる以上、資金が必要になることは当然です。失う可能性だけを考えるより、その資金を使ってどこまで事業を伸ばせるかを考えていました。
大胆に見える意思決定ほど、裏側では継続できる条件を整えておく。 これは、Yumeliaを経営するうえで今も大切にしている考え方です。

最初の仕事は、台湾からのお客様のアテンド
最初の旅行の仕事は、知人を通じて紹介された、台湾からのお客様のアテンドでした。
東京の渋谷をご案内し、夜には完全紹介制の日本料理店で一緒に食事をしました。
旅行会社としては小さな一歩でしたが、私にとっては大きな出来事でした。
それまでYumeliaのサービスは、自分の頭の中にしかありませんでした。どのようなお客様に、どのような体験を提供したいかを考えてはいても、実際に代金をいただき、サービスとして届けたことはありません。 目の前のお客様が日本での時間を楽しみ、「また日本へ来たときも、ぜひお願いしたい」と言ってくださった。
自分が考えたものが、初めて仕事として成立した瞬間でした。
そのお客様は、台湾からプライベートジェットをチャーターし、数千万円をかけて来日していました。 そこで、富裕層向けの旅行には明確な需要があると実感しました。
求められているのは、単に高価なホテルやレストランを並べた旅程ではありません。一般には予約できない場所へのアクセス、時間を無駄にしない移動、その人の趣味や価値観に沿った提案です。
お客様が自分で手配できないものにこそ、旅行会社が提供できる価値があります。
高額であることと、上質であることは違う
ラグジュアリー旅行の市場には、改善の余地が大きいと感じています。
「富裕層向け」という言葉がつくだけで価格が上がり、実際の体験価値と料金が釣り合っていない商品もあります。 高級ホテルに泊まり、高級車で移動し、有名店で食事をする。それだけでは、お客様のために設計された旅行とは言えません。
Yumeliaが提供したいのは、価格が高いだけの旅行ではありません。 旅行の目的、食の好み、過去の渡航経験、同行者との関係、旅行中に避けたいことまで理解したうえで、その人に合う時間を設計する。
必要であれば、一般には入れない場所や、通常の旅行会社では扱いにくい依頼にも向き合う。
同時に、ラグジュアリー旅行を一部の超富裕層だけのものにしたくありません。 年に一度だけ少し贅沢をしたい人、記念日に特別な体験をしたい人にも、価格に見合う旅行を届けたいと考えています。
ラグジュアリーとは、高額であることではなく、自分のためにつくられていることです。
起業して最も難しいのは、人の問題だった
旅行会社を始めて最も苦労しているのは、旅行の手配ではありません。
一緒に働く仲間を集め、同じ基準で仕事を進めることです。
PwCや東京大学時代の同期には、仕事ができ、信頼できる人が大勢います。 しかし、創業直後の会社が、大企業やコンサルティングファームと同じ報酬を提示することはできません。
そのため、学生や異業種の人にも加わってもらいながら、組織をつくっています。
当然、仕事の速さ、品質、責任感、熱量には差があります。私が当然だと思っている基準が、相手に共有されているとは限りません。 以前は、優秀な人を採用すれば問題は解決すると考えていました。
今は、採用だけでは不十分だと分かります。 求める成果を言語化すること。相手の経験に応じて仕事を設計すること。任せた後も、必要な確認を怠らないこと。
人に関する問題の多くは、経営者が期待を正確に伝えられていないことから始まります。
会社をつくるとは、自分と同じ人を探すことではありません。異なる能力を持つ人が、一定の品質で成果を出せる仕組みをつくることです。 今も、試行錯誤の途中です。
「経営者は孤独」の意味
事業は、予定どおりに進まないことの方が多いです。
旅行の手配で関係者との意思疎通がうまくいかないこともあれば、コンサルティングのプロジェクトで問題が起きることもあります。
人を信頼して任せた結果、期待した成果が出ないこともあります。 社員であれば、困ったときに上司へ相談できます。経営者には、最後に判断を委ねる相手がいません。
誰を採用するか。どの案件を受けるか。いくらで提供するか。問題が起きたときに、誰にどこまで責任を求めるか。 意見を聞くことはできても、決めるのは自分です。 最近になって、「経営者は孤独」という言葉の意味が分かるようになりました。
それでも、会社員時代に戻りたいとは思いません。 自分が興味を持つ会社に営業し、好きな仕事を取り、一緒に働きたい人を選べる。判断の責任と、判断できる自由は表裏一体です。 大変さを含めて、今の働き方の方が圧倒的に面白いと感じています。
表側は便利でも、旅行会社の裏側は古い
旅行者向けのサービスは、急速に便利になりました。 スマートフォンでホテルや航空券を比較し、その場で予約できます。個人旅行だけを見れば、旅行業界は十分にデジタル化されているように見えます。
しかし、旅行会社の裏側には、古い仕組みが残っています。 取引先を一社ずつ訪問して挨拶をする。 予約や条件変更を電話やメールでやり取りする。紙を前提とした書類を扱う。 航空券を手配するために、利用者には理解しにくい専門コードを入力する。 旅行者が触れる画面は便利になっても、旅行を提供する側の業務は、それほど変わっていません。
特に、旅行業の登録を持つ事業者間の取引や、法人旅行、複雑な手配の領域では、情報が分断されています。
**表側だけを整えるのではなく、旅行会社が仕事をする仕組みそのものを変える必要があります。 **

AIと旅行で、何を変えたいのか
Yumeliaでは、AIを使って旅行業務の構造を変える事業も構想しています。 具体的な内容は、競争上の理由からまだ公開できません。
ただ、AIに観光地を提案させるだけのサービスをつくるつもりはありません。旅程を文章で出力するだけなら、すでに多くのサービスが提供しています。
変えたいのは、旅行会社の内部に残る非効率な業務と、事業者間で情報がつながっていない状態です。
人が行うべき仕事と、AIに任せるべき仕事を分け、旅行会社が顧客への提案や関係づくりに集中できる環境をつくりたい。
旅行業界のDXという言葉は長く使われていますが、利用者向けの予約画面を便利にするだけでは不十分です。 業界の裏側まで変わって初めて、旅行の価格も、提供速度も、サービスの質も変わります。
宇宙旅行まで扱う会社へ
Yumeliaを、現在存在する旅行だけを扱う会社にするつもりはありません。 インバウンド旅行、法人旅行、企業視察、ラグジュアリー旅行。
そこからさらに、成層圏から地球を見る旅、深海への探検、極地への渡航、そして宇宙旅行へと領域を広げたいと考えています。
現在はごく一部の人しか経験できない旅も、技術の進歩とともに市場が生まれます。 かつて海外旅行が特別なものだったように、宇宙旅行も将来は一部の人だけのものではなくなるかもしれません。 そのとき、単に座席を販売する会社ではなく、移動、滞在、訓練、安全、地上での体験まで設計できる会社でありたい。
Yumeliaを、旅行を予約する会社ではなく、旅行の範囲を広げる会社にする。
顧客ゼロから始めた会社ですが、目指している市場は、現在の旅行業界の中だけにはありません。
次回は、恵まれた環境だったPwCを、なぜ辞める必要があったのか。 会社員として働く中で感じた限界と、起業を選んだ本当の理由について書きます。