
子どもの頃の私は、おとなしく、かなり内向的でした。
休み時間にクラスメートが外で鬼ごっこをしている横で、一人で本を読んでいることの方が多く、人前に立つことも、自分から輪の中心に入ることも得意ではありませんでした。
そんな私が東京大学へ進み、PwCコンサルティングで働き、今は旅行会社を経営しています。
今回は、Yumelia株式会社を立ち上げるまでの経緯を、幼少期から順に振り返ります。

ロサンゼルス生まれと、海外への憧れ
私はアメリカのロサンゼルスで生まれました。
幼い頃なので、現地で暮らしていた記憶はほとんどありません。 それでも、親から海外生活の話を聞くうちに、海外への憧れを持つようになりました。
知らない国で生活してみたい。日本とは異なる文化や価値観を、自分の目で見てみたい。 成長するにつれ、その憧れは旅行への関心に変わりました。
旅行が好きなのは、単に非日常を味わえるからではありません。知らない場所へ行くと、自分が当然だと思っていた価値観が、世界の一つの選択肢にすぎないと分かります。
食事、働き方、街のつくり、人との距離感。国が変われば、日常の前提も変わります。
旅行は、自分が生きている世界の狭さを教えてくれるものでもありました。

家から一番近い国立大学が東大だった
東京大学を目指した理由を聞かれることがあります。
強い使命感や、特別な原体験があったわけではありません。
家から一番近い国立大学が、東京大学だったからです。
高校1年生の頃には、勉強を続ければ受かるのではないかと、漠然と思っていました。実際の受験勉強は簡単ではありませんでしたが、「自分には無理だ」と考えたことはあまりありませんでした。 目標を決めたら、必要なことを調べて実行する。 その積み重ねで、届くところまで行ってみる。
振り返ると、この考え方は現在の経営にも通じています。 東京大学では、工学部で電気電子工学を学びました。当初は、大学で学んだ技術を生かしてエンジニアになるつもりでした。
ただ、技術そのものを開発することに加え、それを企業や社会の課題解決にどう結びつけるかにも興味を持つようになりました。
そこで選んだのが、ITコンサルタントという仕事でした。
PwCを選んだ理由
就職先には、PwCコンサルティングを選びました。
総合コンサルティングファームの中でも、人が良いことで知られていたからです。
仕事内容や会社の知名度も重要ですが、私は誰と働くかを重視していました。その点で、PwCを選んだことは間違っていなかったと思います。
入社して最も良かったことの一つは、同期に出会えたことです。
出身大学も学部も異なり、得意分野も考え方も違う。それでも、人として尊敬でき、一緒に仕事をしたいと思える仲間に恵まれました。 仕事については、入社前に抱いていた印象との違いもありました。
コンサルタントには、経営者と議論し、企業の将来を考える華やかなイメージがあります。しかし、実際の仕事には、Excelの関数を組み、数字が合わない原因を探し、資料を何度も修正するといった地道な作業も多くあります。
その経験から、曖昧な問題を整理する力、期限内に成果を出す力、資料の品質に妥協しない姿勢を学びました。
現在、複数の事業やプロジェクトを同時に動かせているのも、PwCで身につけた基礎があるからです。
順調なキャリアの中で生まれた違和感
社会人としてのキャリアは、外から見れば順調だったと思います。
職場の人間関係にも恵まれ、仕事を通じて成長でき、毎月安定した給料を受け取れる。会社を辞めなければならない明確な事情はありませんでした。
それでも、働き続けるうちに、このまま会社員として昇進していくことが、自分にとって最善なのかを考えるようになりました。
決められた組織の中で、与えられた仕事に取り組み、評価制度に沿って昇進する。その道には安定があります。
しかし、私は次第に、自分の可能性を会社の制度の中だけで試すことに物足りなさを覚えるようになりました。 当時から、起業を具体的に計画していたわけではありません。
旅行事業を思いついたのも、会議室や事業計画書の前ではなく、旅行から帰る飛行機の中でした。
韓国から帰る飛行機で決めたこと
2025年4月、韓国旅行から日本へ帰る飛行機の中で、今後の人生について考えていました。
もっと世界中を旅行したい。
旅先で欲しいと思ったものを、金額だけを理由に諦めたくない。
もっと買い物をし、良いホテルに泊まり、豊かな経験をしたい。
格好よく言えば、自由な人生を送りたかった。 率直に言えば、もっと贅沢ができるだけの力を持ちたかったのだと思います。
私は、お金に関心がないわけではありません。 自分の力で豊かになりたいという気持ちは、今も明確にあります。
ただ、旅行にお金を使う側で終わるのではなく、旅行を通じて価値を生み出す側になれないかとも考えました。
これほど好きな旅行を、休日だけの楽しみにしておく必要はない。 世界を飛び回ることを仕事にし、大好きな旅行で会社を成功させてみたい。 その飛行機の中で、旅行会社をつくろうと決めました。
帰国後、すぐに動いた
帰国後は、旅行会社を始めるために必要な制度を調べました。
そこで知ったのが、国内旅行業務取扱管理者と総合旅行業務取扱管理者という国家資格です。試験内容や日程を確認し、すぐに受験を申し込みました。
その時点で、旅行業界で働いた経験はありません。 顧客もいなければ、案件の見込みもありませんでした。
それでも、長く悩むことはありませんでした。旅行会社を始めると決めた以上、必要な資格を取り、会社をつくり、顧客を探せばよいと考えていたからです。
私には、十分な準備が整うまで待つより、動き始めてから不足を埋めていく方が合っています。
Yumeliaという名前の由来
会社名を考える際、自分が好きな花をモチーフにしたいと思いました。
花の名前を調べる中で出会ったのが、「メリア」という響きです。柔らかく華やかな印象があり、旅行先で得られる高揚感にも合うと感じました。
そこに、自分の名前である「ゆり」の最初の音、「ゆ」を加えました。 「ゆ」+「メリア」で、Yumelia。
ロゴにも花を取り入れています。
社名には、自分らしさと、旅によって人生が少し華やぐ感覚を込めました。
**2025年11月、Yumelia株式会社を設立しました。 ** 当初は、海外から日本へ来る方を対象としたインバウンド旅行に注力する予定でした。
日本には、世界に誇れる食文化、伝統、技術、自然があります。しかし、海外のお客様が一般的な観光では得られない体験を求めると、言語、予約方法、商習慣、人脈などが壁になります。
その壁を取り除き、一人ひとりに合わせた日本旅行をつくることが、最初の構想でした。
実際に会社を始めると、事業は法人旅行、海外視察、通訳・同行、コンサルティングへと広がっていきました。
旅行会社をつくると決めた時点では、旅行事業の顧客はゼロ。売上の見込みもゼロでした。
それでも私は、Yumeliaが失敗するとは考えていませんでした。 成功が保証されていたからではありません。
成功するために必要なことを、結果が出るまで続ければよいと考えていたからです。
次回は、顧客も売上見込みもない状態で、なぜ旅行会社を始められたのか。そして、Yumeliaを通じて変えたい旅行業界の問題について書きます。